その全貌が明らかになった坂本龍一8年ぶりのオリジナルアルバム『async』。
みなさんはどのようにお聴きになりましたか?

ここではワタリウム美術館で開催中の『Ryuichi Sakamoto | async』展に来場された方々がアルバムについての思いを綴った「解読」と坂本龍一本人の言葉を残していく「返信」を更新していきます。

また、引き続き『async』発売前に公開していました 坂本龍一の足跡を辿る「予習」、多くの皆さんとニューアルバムを予測した「予想」もお楽しみください。

『async』を聴いた皆さんの「解読」もお待ちしております。#skmt_async

解読 DAVID BOWIE SPECIAL NIGHT Ryuichi Sakamoto Talk & Live(@寺田倉庫3月29日)

『戦場のメリークリスマス』公開からすでに34年。
デヴィッド・ボウイはもういない。
天王洲アイルの寺田倉庫で4月9日まで開催されているデヴィッド・ボウイの大回顧展『DAVID BOWIE is』のスペシャル・イベントとして行われたのが、「DAVID BOWIE SPECIAL NIGHT Ryuichi Sakamoto Talk & Live」だ。
2016年1月に逝去したボウイと坂本龍一の初めての顔合せは1978年12月に雑誌で対談したとき。ソロ・デビュー作『千のナイフ』、YMOのデビュー・アルバムが出たばかりの時期で、対談というよりも新進気鋭の音楽家である坂本龍一によるボウイのインタビューという形だった。
ボウイはこの対談/インタビューの途中で、インタビュアーである5才年下の日本の若者が、自身が強く興味を持っているドイツの先鋭的なバンドや現代音楽に精通していることに気づき、通常の音楽誌でのインタビューの域を超えた熱の入った会話を行なった。話は文学にも及び、三島由紀夫の話題も出たが、さすがのボウイも相手の日本人の若者の父が三島由紀夫を担当した文芸編集者であることまでは気づかなかった。
ふたりの縁は、これで終わらなかった。その4年後、両者はニュージーランドにあるクック諸島、ラロトンガ島で再会する。今度はなんと音楽家同士ではなく、大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』の俳優として、共演者としての再会だった。
マスコミをシャットアウトして行われたこの島のロケで、ふたりはさらに胸襟を開いて親交を深めた。撮影が終わると島に一軒しかないホテルのバーで酒を飲み、ここでも文学の話をした。余興でボウイが歌とギター、坂本龍一がドラムというバンドを組んで撮影クルーのためのコンサートも行なった。ボウイは女性スタッフだけを集めた即席ミュージカルを演出し、お気に入りのYMOの曲「体操」でストリップ劇をやってみなを笑わせた。
 
それから34年。今回のこのトークとライヴのイベントで、坂本龍一は濃密に過ごしたラロトンガ島でのボウイとの思い出を語った。このラロトンガでの、マスコミもファンもいない場所だからこそ見せたボウイの素の顔と、映画撮影終了後にマスコミでいっぱいの、カンヌ映画祭の会場で再会したときの“スーパースター”としての顔を見せたボウイのギャップの激しさに戸惑ったことも。
しかし、今回、『DAVID BOWIE is』の展示を初めて見て、ボウイというアーティストは、素の顔も、スーパースターとしての顔も、どちらも環境や場に応じて演じていたのではないかという気づきを得たという。表の顔、裏の顔という単純な話ではなく、10も20も人格を持っており、そのどれもが演じていると同時に、すべてが本物の顔だと。
そして、ボウイは音楽家である以上にパフォーマーであり、自分の人格と肉体をどうすれば魅力的に演出できるかをつねに考え、実行していたのではないかとも。
圧倒的な物量のボウイの展示品を前に、それに対して自分は過去の思い出の品の保存には無頓着であるという素朴な思いの発露は、同時に表現者としての両者のどこか本質的なちがいを端的に表していたようにも思える。
「ぼくはいつもぼくですよね?」と、トークの相手の湯山玲子氏にあらためて確認する坂本龍一は、30余年を経て、自分が接したデヴィッド・ボウイとは、いくつもある人格のどのボウイだったのかを考えて、呆然となっているようにも見えた。
 
トークのあとは、坂本龍一によるボウイに捧げた特別な選曲のライヴ演奏。
 
周囲にはなにをやるかまったく決めていないと前日まで語っていたのだが、実は来日前にニューヨークでかなりの案は練っていたようだ。
この日に発売となるニュー・アルバム『async』の冒頭曲「アンダータ」から始まったライヴは、映画『レヴェナント:蘇えりし者』のサウンドトラック曲や「Tamago 2004」など自身の作品に加え、バッハ、ショパン、モンポウ、ジョビンなどの、「ボウイに捧げるためのしっとりした曲」群も。通常の坂本龍一のコンサートとはあきらかにちがう、まさにボウイのための選曲だ。さらに未発表の新曲「Sako(仮題)」も。この曲がこの場で演奏されたことの真意は、やがて明らかになるにちがいない。
前日の新作『async』に関するトークで明かされた、タルコフスキー映画の架空のサントラにふさわしい霧がかかったような音色にするため、演奏するピアノには特別な音処理もされ、新作からの曲の披露に寄せると同時に、かつての盟友に捧げる響きも実現した。
コンサート本編の終りは、なんと1988年以来の演奏となる、『戦場のメリークリスマス』挿入曲の「Ride Ride Ride」。約300名の観客席からはすすり泣きの音も聴こえる中、演奏は『戦場のメリークリスマス』のテーマ曲に続いた。
アンコールは当初予定していた「美貌の青空」「Parolibre」から変更されて「AQUA」に。いまはこの世にいないボウイに向けた美しく、美しく、美しい演奏だった。
 
大病から復帰して、8年ぶりのオリジナル・アルバム『async』の発売日にボウイの大回顧展の会場で特別なコンサートを行なう。
ふたりの直接的な交流はちょうど30年前の1988年のナム・ジュン・パイクの衛星中継テレビ・イベントでの対談が最後だった。そのときにボウイは、坂本龍一が『ラストエンペラー』の音楽でアカデミー賞を受賞したことに対して、本当にうれしそうに祝辞を述べていた。21世紀に入っても、ボウイは坂本龍一に関して「アヴァンギャルドとメインストリーム、そして映画の音楽を自在にこなしながら、一瞬たりとも器用貧乏に陥らない稀有な存在だ」と評していた。
まさにアヴァンギャルド、メインストリーム、そして映画音楽をまじえたこの日のボウイのための選曲は、きっと、もうこの世にはいない届くべき人に届いたのではないだろうか。
 
執筆:吉村栄一

※手前味噌になりますが、両者の交流の詳細も記した拙著『評伝デヴィッド・ボウイ』、興味ある方に読んでいただければ幸いです。