予習 『ラストエンペラー』(1988年作品)
本作は1987年公開(日本は1988年)の映画のサウンドトラック作品。監督はイタリアの巨匠、ベルナルド・ベルトルッチ監督で、清朝最後の皇帝にして、その後に満州国皇帝~中華人民共和国での市井の人と数奇と変転の運命を辿った愛新覚羅溥儀の人生を描いている。
大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』を観ていたベルトルッチ監督は、満州国経営で暗躍した日本陸軍人、甘粕正彦役に坂本龍一を抜擢。当初は俳優としてのみの起用だったが、皇帝の戴冠パーティーのシーンの撮影で音楽が必要となった際に、その一曲を坂本龍一に依頼。甘粕が理事長をつとめていた旧満州映画協会の建物に残されていたピアノで急きょ作曲した。さらに撮影終了後半年近くになってから、監督から突然に正式に映画音楽の依頼があり、メイン・テーマを含む大半の音楽を担当することになった。
映画はもう編集段階に入っており、時間との闘いだった。
依頼が来たとき、都内の主要スタジオはどこも埋まっていた。坂本龍一とレコーディング・エンジニアは録音場所を求めて駆けずりまわり、最後には渡欧中の加藤和彦の自宅スタジオを借り、そこにさらに改装休業中のスタジオのレコーダーを貸してもらって運び込んで録音を開始した。
このように、音楽を制作する心積もりもなく撮影に参加していた坂本龍一にとっては、俳優の視点から音楽家の視点への切り替えを急に要求された。もちろん事前の準備もないままに通常ではあり得ないスケジュールで作曲と録音を行い、一応の作曲や録音の終了後も、編集を変えた監督の要求による細かな、あるいは大胆な手直しもまた、あり得ないスケジュールのもとで続いていくことになった。編集手直しによるシーンの尺の変更にあわせるため、まだDAWのない時代、坂本龍一は小節数や秒数の変更をメモ用紙と電卓を両手に計算して徹夜で音楽の修正を毎日毎晩続けていった。いわば一種の極限状態で作られた音楽は、しかし本映画と坂本龍一にアカデミー賞作曲賞、ゴールデングローブ賞、グラミー賞、英国アカデミー賞など、多くの賞をもたらすことになった。
また、レコード、CDとしても本サントラ作品は好評で、アルバムの世界発売のみならず、テーマ曲は世界各国でシングル・カットされたほか、英国では12インチ・シングルも発売。さらに挿入曲「レイン」も米国でシングル・カットされ、同曲を英国のダンス・ユニット“シャラップ・アンド・ダンス”が大胆にサンプリングしたシングル「グリーン・マン」やスペインのドクター・クーチョ!の「レイン」などもクラブ・ヒットするなど、映画音楽の範疇にとどまらずポップスやクラブ・ミュージックのシーンでも受け入れられることになった。
事前の入念な計算や準備がなく、瞬発力で作られた坂本作品は往々にして本人の意思を超えた拡がりを見せることがこれまでも何度もあったが、果たして今度の新作はいかに? 昨年までのインタビューによると、前回の『out of noise』から8年の間は空いたものの、新アルバムの実際のとりかかりは、意外に「瞬発力」を利用してのスタートだったのかもしれないような発言も散見される。
(執筆:吉村栄一)
大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』を観ていたベルトルッチ監督は、満州国経営で暗躍した日本陸軍人、甘粕正彦役に坂本龍一を抜擢。当初は俳優としてのみの起用だったが、皇帝の戴冠パーティーのシーンの撮影で音楽が必要となった際に、その一曲を坂本龍一に依頼。甘粕が理事長をつとめていた旧満州映画協会の建物に残されていたピアノで急きょ作曲した。さらに撮影終了後半年近くになってから、監督から突然に正式に映画音楽の依頼があり、メイン・テーマを含む大半の音楽を担当することになった。
映画はもう編集段階に入っており、時間との闘いだった。
依頼が来たとき、都内の主要スタジオはどこも埋まっていた。坂本龍一とレコーディング・エンジニアは録音場所を求めて駆けずりまわり、最後には渡欧中の加藤和彦の自宅スタジオを借り、そこにさらに改装休業中のスタジオのレコーダーを貸してもらって運び込んで録音を開始した。
このように、音楽を制作する心積もりもなく撮影に参加していた坂本龍一にとっては、俳優の視点から音楽家の視点への切り替えを急に要求された。もちろん事前の準備もないままに通常ではあり得ないスケジュールで作曲と録音を行い、一応の作曲や録音の終了後も、編集を変えた監督の要求による細かな、あるいは大胆な手直しもまた、あり得ないスケジュールのもとで続いていくことになった。編集手直しによるシーンの尺の変更にあわせるため、まだDAWのない時代、坂本龍一は小節数や秒数の変更をメモ用紙と電卓を両手に計算して徹夜で音楽の修正を毎日毎晩続けていった。いわば一種の極限状態で作られた音楽は、しかし本映画と坂本龍一にアカデミー賞作曲賞、ゴールデングローブ賞、グラミー賞、英国アカデミー賞など、多くの賞をもたらすことになった。
また、レコード、CDとしても本サントラ作品は好評で、アルバムの世界発売のみならず、テーマ曲は世界各国でシングル・カットされたほか、英国では12インチ・シングルも発売。さらに挿入曲「レイン」も米国でシングル・カットされ、同曲を英国のダンス・ユニット“シャラップ・アンド・ダンス”が大胆にサンプリングしたシングル「グリーン・マン」やスペインのドクター・クーチョ!の「レイン」などもクラブ・ヒットするなど、映画音楽の範疇にとどまらずポップスやクラブ・ミュージックのシーンでも受け入れられることになった。
事前の入念な計算や準備がなく、瞬発力で作られた坂本作品は往々にして本人の意思を超えた拡がりを見せることがこれまでも何度もあったが、果たして今度の新作はいかに? 昨年までのインタビューによると、前回の『out of noise』から8年の間は空いたものの、新アルバムの実際のとりかかりは、意外に「瞬発力」を利用してのスタートだったのかもしれないような発言も散見される。
(執筆:吉村栄一)