解読
『坂本龍一 | 設置音楽展 Ryuichi Sakamoto | async』リスナー試聴会
前日4月1日のプレス内覧会+質疑応答に続いて、翌4月2日にはcommmonsmartでアルバム『async』を予約した方対象の試聴会+質疑応答の会が設けられた。
たくさんの応募者の中から厳正な抽選で選ばれた参加者は25名×2回の計50名の方たち。応募の段階では都内某所での開催と告知していたが、会場はもちろんワタリウム美術館の展覧会会場。既報のとおりの特別な5.1チャンネルでの音響再生と高谷史郎の映像とともに楽しんでもらえる試聴会になった。
計2回のリスナー試聴のあとは、坂本龍一と高谷史郎が登壇しての質疑応答の時間。
前日のプレスとの質疑応答では、やはりメディア向けということでやや公の顔と応対を見せた、つまりすこし固かった坂本龍一だが、この日はクローズドな環境の中で、しかも熱心なファンの方ばかりということでリラックスしたムードの中、くだけた質疑応答となった。
以下、2回の質疑応答の時間の中で印象に残ったやりとり(大意)をいくつか紹介したい。
Q:「好きすぎて聴かせたくない」とはどういう心境か。「好きすぎる」ならむしろ積極的に聴かせたくなるほうが自然ではないか?
坂本:普通はそうだと思うんですよ。でも今回は、あまりに好きすぎて、いわば最愛の人のような存在なんです。ただの好きじゃない。運命の人のようなもの。ほら、本当に好きな人ができたら、やたらに友達に紹介したくないでしょ。ずっと自分だけのものにして、できれば座敷牢に閉じこめておきたいぐらいでしょ(笑)。え? たとえがよくわからない? ……すみません。
Q:通常のステレオ(2チャンネル)ではなく、こうした5.1チャンネルの特別な環境が整うまで聴かせたくなかったという面もあるのか?
坂本:5.1でも本当は聴かせたくない。座敷牢に…(笑)。おかしいですよね、それ(笑)。
Q:いくらでも作り続けていられるが、あえてこの時点で筆を置いて完成させたというのはどういうことか?
坂本:ぼくの場合、デビュー・アルバムの『千のナイフ』からずっと、いつもやめどきがわからなくなって、レコーディング作業をし続ける傾向があるんです。ずっとやっていていい結果が出ることもあるけれど、最初の頃にあった、作品に宿るアウラ(オーラ)が失われることも多い。生き生きとしたエネルギーというのかな。今回は、はっきりとした形式がない音楽でもあるし、自分の感覚を信じて、よしここで筆を置こうという、余白を作ることを心がけました。
Q:憧れの教授の至近距離で気絶しそうだ。
坂本:気絶しないでください(笑)。
Q:高谷さんは、この『async』の映像をどのようなコンセプトで作ったのか?
高谷:この映像は、対象物と並行に24分間カメラを横移動させながら動画を撮影し、その動画の1ラインずつが順に静止していくことによって一つの静止画ができる。つまり、できあがった静止画の画面の右端と左端では24分の時間差があるわけで、そこには時間と空間が織り込まれていて、鑑賞者はその時間と空間を行き来しながら見ることができます。音楽は時間の芸術なので、音楽家は時間についてとても意識的なのだと思います。
坂本:音楽、つまり聴覚でとらえるものは時間的な精度が厳密なんです。
高谷:そのような、音楽と映像それぞれの時間を相互に行ったり来たりしながら鑑賞することができる作品です。
Q:今回のアルバムで三味線を使っているが、当初から予定したものだったのか。
坂本:たまたまです。三味線奏者の本條秀慈郎さんがアルバムの制作期間中にたまたまニューヨークに滞在していて、それで声をかけて参加してもらいました。ぼくは三味線をこのとき初めて触ってみて、魅力的な音がするなと、自分でも買いました。本條さんもぼくも、三味線をずいぶん変わった使い方、鳴らし方をしています。これは三味線に限らず、今回のアルバムで使った楽器の多くがそう。ピアノもそうです。なんというのかな、楽器を、楽器である以前のモノそのものに戻して、そのモノや素材としての音を鳴らすという感じなのかな。たとえばシンバルや銅鑼も買ったのですが、それらも楽器としてのシンバルや銅鑼の音が欲しいというよりも、その素材である金属を鳴らしたときの音が欲しいから。
Q:音そのものに興味がいっているのか。
坂本:いっていますね~。たとえば次の作品は音そのものにしようと思って、いま考えているのが●●。●●を割ったときの音そのものを作品に…。
高谷:坂本さん、それはまだ言ったらあかんのとちがいますか?(笑)
坂本:あっ!
高谷: たしか秘密と……。
坂本:みなさん、内緒にしてください(笑)。
通常のマスコミ相手のインタビューでは絶対に出てこないような質問などもあり、それに答える、あるいは答えを考えているときの坂本龍一の様子は楽しそうだった(ときおり困惑もしていたが)。
今回の『async』のプロモーションは、まず事前に音を聴かせないという時点から異例なものだったが、このようなファン、リスナーによる作品の「解読」「質問」もまた異例。異例だが、新鮮で楽しいのもまた事実だ。坂本龍一自身も、このリスナーによる質疑応答には一定以上の手応えを感じたのではないだろうか?
次の直接の質疑応答の機会は現時点で未定だが、ワタリウム美術館1Fに設置の「コミュニケーション・ウォール」には、こうしたリスナーの「解読」や「質問」をぺたぺたと貼り付ける壁が用意されている。ニューヨークに定期的に届けられるそれらの声を、坂本龍一自身も楽しみにして、すでに回答もいくつか公表されている。『設置音楽展』に来場した際は積極的に活用してください。
執筆:吉村栄一
たくさんの応募者の中から厳正な抽選で選ばれた参加者は25名×2回の計50名の方たち。応募の段階では都内某所での開催と告知していたが、会場はもちろんワタリウム美術館の展覧会会場。既報のとおりの特別な5.1チャンネルでの音響再生と高谷史郎の映像とともに楽しんでもらえる試聴会になった。
計2回のリスナー試聴のあとは、坂本龍一と高谷史郎が登壇しての質疑応答の時間。
前日のプレスとの質疑応答では、やはりメディア向けということでやや公の顔と応対を見せた、つまりすこし固かった坂本龍一だが、この日はクローズドな環境の中で、しかも熱心なファンの方ばかりということでリラックスしたムードの中、くだけた質疑応答となった。
以下、2回の質疑応答の時間の中で印象に残ったやりとり(大意)をいくつか紹介したい。
Q:「好きすぎて聴かせたくない」とはどういう心境か。「好きすぎる」ならむしろ積極的に聴かせたくなるほうが自然ではないか?
坂本:普通はそうだと思うんですよ。でも今回は、あまりに好きすぎて、いわば最愛の人のような存在なんです。ただの好きじゃない。運命の人のようなもの。ほら、本当に好きな人ができたら、やたらに友達に紹介したくないでしょ。ずっと自分だけのものにして、できれば座敷牢に閉じこめておきたいぐらいでしょ(笑)。え? たとえがよくわからない? ……すみません。
Q:通常のステレオ(2チャンネル)ではなく、こうした5.1チャンネルの特別な環境が整うまで聴かせたくなかったという面もあるのか?
坂本:5.1でも本当は聴かせたくない。座敷牢に…(笑)。おかしいですよね、それ(笑)。
Q:いくらでも作り続けていられるが、あえてこの時点で筆を置いて完成させたというのはどういうことか?
坂本:ぼくの場合、デビュー・アルバムの『千のナイフ』からずっと、いつもやめどきがわからなくなって、レコーディング作業をし続ける傾向があるんです。ずっとやっていていい結果が出ることもあるけれど、最初の頃にあった、作品に宿るアウラ(オーラ)が失われることも多い。生き生きとしたエネルギーというのかな。今回は、はっきりとした形式がない音楽でもあるし、自分の感覚を信じて、よしここで筆を置こうという、余白を作ることを心がけました。
Q:憧れの教授の至近距離で気絶しそうだ。
坂本:気絶しないでください(笑)。
Q:高谷さんは、この『async』の映像をどのようなコンセプトで作ったのか?
高谷:この映像は、対象物と並行に24分間カメラを横移動させながら動画を撮影し、その動画の1ラインずつが順に静止していくことによって一つの静止画ができる。つまり、できあがった静止画の画面の右端と左端では24分の時間差があるわけで、そこには時間と空間が織り込まれていて、鑑賞者はその時間と空間を行き来しながら見ることができます。音楽は時間の芸術なので、音楽家は時間についてとても意識的なのだと思います。
坂本:音楽、つまり聴覚でとらえるものは時間的な精度が厳密なんです。
高谷:そのような、音楽と映像それぞれの時間を相互に行ったり来たりしながら鑑賞することができる作品です。
Q:今回のアルバムで三味線を使っているが、当初から予定したものだったのか。
坂本:たまたまです。三味線奏者の本條秀慈郎さんがアルバムの制作期間中にたまたまニューヨークに滞在していて、それで声をかけて参加してもらいました。ぼくは三味線をこのとき初めて触ってみて、魅力的な音がするなと、自分でも買いました。本條さんもぼくも、三味線をずいぶん変わった使い方、鳴らし方をしています。これは三味線に限らず、今回のアルバムで使った楽器の多くがそう。ピアノもそうです。なんというのかな、楽器を、楽器である以前のモノそのものに戻して、そのモノや素材としての音を鳴らすという感じなのかな。たとえばシンバルや銅鑼も買ったのですが、それらも楽器としてのシンバルや銅鑼の音が欲しいというよりも、その素材である金属を鳴らしたときの音が欲しいから。
Q:音そのものに興味がいっているのか。
坂本:いっていますね~。たとえば次の作品は音そのものにしようと思って、いま考えているのが●●。●●を割ったときの音そのものを作品に…。
高谷:坂本さん、それはまだ言ったらあかんのとちがいますか?(笑)
坂本:あっ!
高谷: たしか秘密と……。
坂本:みなさん、内緒にしてください(笑)。
通常のマスコミ相手のインタビューでは絶対に出てこないような質問などもあり、それに答える、あるいは答えを考えているときの坂本龍一の様子は楽しそうだった(ときおり困惑もしていたが)。
今回の『async』のプロモーションは、まず事前に音を聴かせないという時点から異例なものだったが、このようなファン、リスナーによる作品の「解読」「質問」もまた異例。異例だが、新鮮で楽しいのもまた事実だ。坂本龍一自身も、このリスナーによる質疑応答には一定以上の手応えを感じたのではないだろうか?
次の直接の質疑応答の機会は現時点で未定だが、ワタリウム美術館1Fに設置の「コミュニケーション・ウォール」には、こうしたリスナーの「解読」や「質問」をぺたぺたと貼り付ける壁が用意されている。ニューヨークに定期的に届けられるそれらの声を、坂本龍一自身も楽しみにして、すでに回答もいくつか公表されている。『設置音楽展』に来場した際は積極的に活用してください。
執筆:吉村栄一